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陳という男

陳という男

天安門事件の遭った年 1989年だったかな 香港の大物マフィアの手引きにより 民主化運動家たちは 日本を経由し アメリカへと逃げた 小切手をすぐ円に両替する香港人の手引きにより

私の勤め先にも大量の中国人民主化運動家がやってきた 北京大学や上海大学の生徒だった
もしくは 現役ではなく 卒業生だッた人々である

私は ジュータンクリーニングをやる前に 新宿のPという誰もが知ってる大映画館の清掃を任されていた 市ヶ谷のK専門学校のワックスがけの下請けは 友人にやらしていた

映画館は多い日で毎日1万人の人が見に来ていた それを昼間は私一人でやっていた

最低でも10人は必要な仕事だったが それだけわたしの能力は別格だった

朝は 大量に館内に捨てられたゴミをかたずけ まとめてゴミ出しを行っていた

そのバイトに5人ほどの中国の天安門事件で逃げてきた中国人を使うことにしたのだった

私は その中で陳という 男に大変興味をもった それは私より10歳も離れていて オナニーが大変好きなのだった それに 大学も2つもでており 映画監督であり 気功師という肩書だった

映画館内にある 灰皿の清掃を頼んだのである しかし皆共産党の幹部の子供ばかりで
おっとりしすぎるのであった 最近の中国からの研修生とは まったく違っていた

少し 労働をしては ソファ席で お茶を呑み 失敗ばかりするのであった

たまに 私の社長が訪ねてきた この社長の出会いも 先代の社長が 歌舞伎町ビルで
便所掃除業をやっていた私のビルに 訪ねてきたときにスカウトされてからの縁である

便所掃除業も請けてやっていたので 6時間かかるところを2時間でやり のこった時間で
日比谷図書館や深川図書館で勉強して霊術やオカルトや漫画等を制作していた

その当時からUFOはナチスが作ったのは知っていた

そして その先代の社長に気に入られ 八重洲の映画館2館の清掃の権利を貰っていた

その社長は女子大の清掃や有名会社の清掃もやっており 都内の映画館の清掃も

他に渋谷や浅草 上野ももっていた ちなみに歌舞伎町ビルの便所掃除も 別の社長から

やらないというので では私がと オーナーに直接電話をして やらせてもらっていた

ちなみに 友人の社長は KO大学を出て 脱サラで小さい掘立小屋から私と3人で始め

今では大手町界隈の一流企業の清掃業で 金鉱をあて100人以上の従業員をつかっている  

話をもどそう 陳は 私が社長にペコペコし どもりながらはなすのは おかしく 下衆だと

言い放った それが日本流のポーズだといっても通ぜず 私も怒りが込み上げてきた

2 3日後 陳が 切れそうな顔で 私にこういった「おかしな念を 私に送らないでください

このままでは なにするかわからないよ」というのだった 私の念がこーまで強いとは

これ以後 絶対に人に攻撃的な念を送るのは気をつけるようにし 自分の想念も気をつけるようにしているのだった
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